2005年に発売された、第1回本屋大賞受賞作品、博士の愛した数式をレビューします。
映画や漫画などメディア化されている作品なので、
読んだことがなくてもタイトルは知っている方も多いのではないでしょうか。
温かくて素敵なお話なので、
穏やかな気分になりたい方にはオススメの一冊です。
もくじ
1.あらすじ
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「ぼくの記憶は80分しかもたない」
博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた
―記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。
博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。
数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。
あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。
博士の愛した数式 Amazonページ
2.80分しか記憶が持たない博士
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博士は過去に遭った事故の影響で、
記憶が80分しか持ちません。
事故前のことは覚えていますが、事故後に覚えたことは80分経つと何もなかったかのように忘れてしまいます。
博士の朝は自分の状況を、手書きのメモで理解することから始まります。
楽しい出来事も悲しい出来事も忘れてしまう博士ですが、
神が産んだ数字を愛していることだけは忘れません。
悲しい運命を背負った博士が、
主人公とその息子と、数字によってつながる物語です。
神は存在する。
なぜなら数字が無矛盾だから。
そして悪魔も存在する。
なぜならそれを証明することはできないから。
3.友愛数によってつながる博士と主人公
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80分しか記憶が持たない博士にとって、主人公は毎回新しい家政婦として認識されています。
毎回同じように誕生日や靴のサイズを聞かれることから始まる関係。
常に新鮮、悪く言えば積み上げのない関係ですが、
その中にも変わらないものがあります。
主人公の誕生日は2月20日。220。
博士が持っている腕時計に刻まれた数字はNo.284。
220の約数を全て足すと284になります。
284の約数を全て足すと220になります。
これらは友愛数とよばれる、なかなか珍しい関係です。
記憶の保たない博士ですが、
主人公と友愛数の関係でいることは、いつも普遍的で変わらないものなのです。
神の計らいを受けた絆で結ばれあった数字なんだ。
美しいと思わないかい?
君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事につながり合っているなんて
4.江夏豊によってつながる博士とルート
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主人公の息子はルートと言います。もちろんあだ名です。博士が名付けました。
頭のてっぺんがルート記号のように平らだからです。
博士はルートとは大好きな野球選手、
江夏豊によって繋がっています。
江夏豊は往年の名選手です。
背番号は28番。
完全数を背負った選手です。
完全数とは二つの性質を持つ数字です。
- 約数を全て足すとその数になる 1+2+4+7+14=28
- 連続した数の和で表すことができる 1+2+3+4+5+6+7=28
完全数を背負っているというだけでも、博士にとっては興味深い選手でしょうが、
江夏豊は残した記録が偉大なものばかりです。
しかし江夏とっくに引退してしまった選手。
今を生きるルートにとっては過去の選手です。
そこでルートは図書館へ行き、江夏の成績や経歴を調べます。
若干10歳のルートは、江夏が引退していることは博士には話しません。
「ところで、今度の江夏の登板は、いつになるかね」
「ローテーションからいくと、もう少し先だね」
こんな返しをできる10歳がいるでしょうか?
それもこれも、博士を悲しませたくないという、純粋な気持ちなのです。
5.博士は謙虚
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博士は謙虚です。
わからないことは、相手がルートでも素直に聞きます。
素晴らしい数学の論文を世に出したときでさえ、
横柄に振る舞うことはありません。
「僕がやったのは、神様の手帳をのぞき見して、ちょっとそれを書き写しただけのこと」
これに関しては少し卑屈っぽい感じはしますが、
そんな謙虚な態度でいるからこそ、主人公やルートとの優しくて温かい関係を築けるのでしょう。
6.数字を愛している博士
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神が生み出した数字を、博士は決してぞんざいには扱いません。
博士が好きな数式はオイラーの公式です。
eiπ + 1 = 0
私の予想なのですが、逆に嫌いな数字はおそらくないのではないでしょうか。
博士は何気ない数字にも意味を持たせることができます。
誕生日や江夏の背番号にとどまらず、
靴のサイズや電話番号にまで。
博士が何気ない数字に対して意味を持たせると、
まるで無機質な数字に命が吹き込まれるようです。
博士は数字に命を与えることができるからこそ、
この世の全てのものに、個別の意味や役割があると考えているのでしょうか。
だから子供であるルートにも一定の敬意を払って対応しているのだと思います。
7.まとめ
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主人公の博士は80分しか記憶が持ちません。
なので物語の前半と後半で、何かが成長したとか、彼に変化が現れたということもありません。
そんな人物が主人公だからか、
物語全体を通して、ストーリーの起伏が少ないです。
物語としての起承転結は存在するのですが、
ハラハラしたりドキドキしたり、こちらの感情を揺さぶる表現は少なめに感じます。
本書は作中の博士が読書するときと同じように、
暖かい場所で安楽椅子に座り、ゆったりとした気分で読むのにぴったりの物語です。
「忘れ去られる記憶の中でも、普遍的に残るものはあるんだよ」
というのがこの作品のテーマの一つに感じます。
何かに追われたり、ピリピリするような出来事に直面したとき、
本書を読んで、穏やかな気持ちを思い出すきっかけになっていただきたいです。